雑記

アカウントも忘れる日々

 あまりのご無沙汰でココログアカウントも忘れ、ログインに手間取りました。

今週はサプライズな日々が多く、世界同時株安、急激なるドル安、ユーロ安で遂に円が一時100円を切りました。

 アメリカのリーマン破綻に発し、日本では大和生命の破綻、大企業から中小企業までこの不景気に我々庶民はこの苦しみをどう乗り越えていくか、悩む毎日です。

 いま、政治家だけに頼ることは無理でしょうが、企業のトップ、学者、全てが一体となってこの世界恐慌を乗り切らなければ、益々犯罪が増え、暗い世の中になってしまうことでしょう。

 企業はリストラし、会社の業績だけを考えず、働く人たち、その家族、全てのことを考えていかねばなりません。

 そうしなければ、巡り巡っていつかは会社に倒産の危機が巡ってくることは間違いありません。

 今がよければよいという考えでは、未来の繁栄は決してあり得えないことでしょう。

 企業のトップは働く人たちは人材ではなく、人財であることをもう一度見つめなおして接して戴きたいとささやかながら願っています。

 

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忘れかけたBLOG

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5月連休最後の日。


いよいよ明日から仕事です。


仕事に備え、きょうは久し振りに家に閉じこもり。


でも、一日家にいるとかえって疲れるものです。


観たい映画は一杯あるし、それにメタボ予防にウォーキングにも出かけたい。


このままずっと休みが続くといいのになぁ~。

ココログは最近更新は少ないけれどお気に入りのひとつです。

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秋の夜長

 我が故郷は柿が色づき、美濃路は紅葉が真っ盛り、飛騨路は冬を迎えようとしています。
 
 最近は午後5時頃にはもう暗くなり、秋の夜長を感じるようになった今日この頃。皆様如何お過ごしでしょうか?

 秋の夜長は読書が一番。時間があっという間に過ぎ去っていくような気がします。

 本日のジャパンカップ、武豊騎乗するディープインパクト、やはり強かった。最後尾から最終コーナー一気に駆け上がり直線一気に抜け出しゴールイン。我が人生もこうだといいんですが…。

 ハーツクライは好位置3番手に付けていたんですが馬群に沈んでしまいました。
何だか自分を見ているような?

 いよいよ、デイープも有馬記念がラストラン。有終の美を飾ってほしいものです。

 昨日は、友人からミクシィの招待を戴きました。やはり持つべきものは友達ですね。

 この世の中は、人と人との繋がりで成り立っているものだとつくづく感じる今日この頃です。

 中国では人の心を「魂(こん)」と「魄(はく)」で表象し、「魂」は天から授かった神気。「魄」は地から受けた霊気で成り立つ。すなわち、人が死ぬと「魂」は天に昇り、「魄」は地にとどまるとされ、心には自分の意のままになる心と、意のままにならない心とが二つあると考えられていました。

 日本ではその意のままにならない心を「虫」として描いたそうです。例えば「腹の虫」が納まらない、「浮気の虫」が動き出す、「泣き虫」「弱虫」など数え挙げたらきりがありません。

 久々のブログ今日はこの辺で。 

 一日の寒暖が激しい今の季節は、インフルエンザ、風邪など召されぬようくれぐれもご注意を。特に、高血圧の人は急な寒さにはお気をつけ下さい。

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お国自慢ができる県に

 岐阜県といえば清流長良川の鵜飼と金華山。知っている人は知っているが、全国レベルでいえばまだまだマイナー。

 お隣の愛知県は徳川御三家の尾張藩でまず知らない人はいないと思うが…。
 
 先日、北海道へ旅行に行った会社の人が、「あなたの県はもったいないことをするね。大切なお金を燃やしてしまうなんて」と言われ、随分肩身の狭い思いをしたそうだ。

 いままで、何度か旅をしたことはあるが、事件が起こる前までは、まず岐阜県を知っている人は少なかった。

 「何処にあるの?」と聞かれれば日本の真ん中辺りで、愛知県の隣と答えるしかないマイナーであった。
 
 ところが今回の裏金問題で一躍メジャーな県になってしまった。

 旅をすれば、岐阜県出身の人は皆、悪人のように見られるのは耐えがたいことだ。

 早期解決をして、もっと自慢のできる有名な県になりたいものだ。
 
 県税は一体何に使われているのか、県民にもっと明確に公開すべきである。

 税にもいろいろあるが、国税・県税・市民税などもっと有効に使うよう会社経営と同様に、諸官庁のトップ以下幹部が見直すべきである。

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ドイツ鉄道の乗り方

 ドイツの誇る超特急ICE(インター・シティ・エクスプレス)。

ドイツと日本の鉄道との最大の違いは、駅に改札口がないこと。

これは日本の新幹線に相当するICEを始め、IC(特急)、IR(急行)、Sバーン(近郊電車)、Uバーン(地下鉄)、シュトラーセンバーン(路面電車)に至るまで、日本のような改札システムはない。

 窓口や自動券売機で切符を買ったら、あとは直接ホームに行って乗るだけである。

 中・長距離列車では律儀且つ厳格に車掌が検札に見廻りにやって来る。
したがって不正乗車はまず不可能。

 一方、近郊電車、地下鉄、路面電車等においては、必ずしも検札があるわけではないが、抜き打ちで検札が行われ、正規の切符を所持していないと理由のいかんを問わず、一律30ユーロの罰金が科せられる。

 「時間がなくて」「買い方が分からなくて」「切符を落とした」
このような言い訳は一切通用しない。

 切符を買って乗ることが大前提で、ルール違反には非常に厳しい国である。

 ドイツでサッカーを観戦出来ない皆さんは、自宅で一杯やりながらジーコ・ジャパンの勝利を応援しましょう。

 ツーム・ヴォ-ル(乾杯)!

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愛の賛歌

結婚式などでおなじみ 「愛の賛歌」フランスを代表するシャンソン歌手・エディット・ピアフの曲ピアフは恋多き人生を送りまさに生きるスキャンダルのような人だったのですが、それもその才能と実績で “ピアフの生き方こそシャンソンだ” と言わしめた人です。

 この「愛の賛歌」は、そのピアフが不倫相手のセルダンにささげた曲ですがなんとセルダンはその曲を聴かないまま飛行機事故で死亡してしまいます。

 つまりこれは世間に認められない相手に愛を誓った歌でありながらその相手への弔いの歌にもなってしまったというわけです。

 青空が私たちの上に落ちてくるかもしれない。  

 地球がひっくり返るかもしれない 大したことじゃない、
 あなたが愛してくれるなら

 世の中すべてのことはどうでもいい  
 恋が私の毎朝を満たしてくれれば

 私の体があなたの手の下でふるえているかぎり  
 重大問題も大したことじゃない

 あなたが愛してくれるのだから
 世界の果てまでも行きましょう 
 金髪に染めもしましょう   

 もしもあなたがそうお望みなら
 月を取りに行きましょう  
 宝物を盗みに行きましょう

 もしもあなたがそうお望みなら
 祖国を見捨ててもいい
 友達を見捨ててもいい

 もしもあなたがそうお望みなら
 人は私を笑うかもしれないけど
 私はなんでもやってのけます

 もしもあなたがそうお望みなら
 もしもいつの日か、
 人生があなたを奪っても  

 もしもあなたが死んで、遠いところへいってしまっても
 大したことじゃない、

 あなたが愛してくれるのなら
 なぜなら私もまた死ぬのですから

 私たちは永遠の中に生き  
 広々とした青空の中で
 なんの問題もない空の中で  

 恋人よ 
 愛し合っているのだから
 神さまがまたふたりを結びつけてくれるでしょう

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仁侠シリーズその3

【石松初代の墓】
1_3 侠客のことばかり書いていたら、いつのまにか仁侠シリーズになってしまいました。
今日は第3弾 遠州森の石松
三河の生まれ、代々名乗った庄屋も勤めたことのある家柄であったが、石松の父の代に没落し、父親は幼い石松を連れ森町に流れてきた。ある日神社の祭礼の日雑踏の中で幼い石松は迷子になった。その頃、秋葉街道一帯に縄張りを持ち、遠近に侠名をはせてた森の五郎親分に迷子の石松は運よく拾われ少年時代を森町で過ごした。その後、清水次郎長と親交のあった五郎親分は18歳になった石松を 次郎長親分の下に預け子分となった。後に石松は次郎長の下で腕を上げ石松、大政、小政、仙右衛門は次郎長子分の四天王と呼ばれ、その中の一人として仲間からも愛され、また次郎長には子供のように可愛がられた。
 ある日次郎長は恩を仇で返した八尾ヶ嶽の久六を仕留めた刀を讃岐の金毘羅宮に奉納を思い立ちこの代参の役目を石松に頼んだ。この代参まいりの帰りに都田村(現浜松市都田)の都鳥吉兵衛兄弟にだまし討ちに会い悲惨の最後を遂げた。万延元(1860)年6月17日であった。
 石松は、極めて正直、単純な性格であったが、正義を尊び、不義背徳を憎み、横暴な権力に反抗し、常に弱者の味方であった。当時の侠客社会にあっても稀にみる快男児であったと言われる。
 境内には石松の墓と、次郎長の碑があり、石松の墓前には焼香が絶えない。また墓は今もなお、多くの人に削られ現在の墓は3回建て直され一度修理したものである。
【石松現在の墓】
1_9

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一本刀土俵入り

     作詞:高橋掬太郎
     作曲:細川潤一
        唄:三橋美智也

1 角力(すもう)名乗りを やくざに代えて
  今じゃ抱寝(だきね)の 一本刀
  利根の川風 まともに吹けば
  人の情けを
  人の情けを 思い出す

2 忘れられよか 十年前を
  胸にきざんだ あのあねさんを
  惚れたはれたと 言うてはすまぬ
  義理が負目(おいめ)の
  義理が負目の 旅合羽(たびがっぱ)

3 見せてあげたい 男の夢も
  いつか崩れた 一本刀
  悪い奴なら 抑えて投げて
  行くがおいらの
  行くがおいらの 土俵入り

 やくざは、夜寝ているときに襲われてもすぐ戦えるように、布団の中に刀を入れ、抱いて寝るのが常でした。これが1番の「抱寝の一本刀」です。

(Story)
 相撲取りの駒形茂兵衛は、才能がないと親方から見放されて帰郷する途中、水戸街道取手の宿にやってきます。一文無しで、飢えて途方に暮れている茂兵衛を、宿屋の2階で見ていた酌婦お蔦は、事情を聞いて、櫛、簪(かんざし)、巾着を与え、もう一度江戸に戻って修業するよう励まします。10年後、望みを果たせず、やくざになっていた茂兵衛は、取手に戻り、お蔦を探しますが、なかなか見つかりません。お蔦は、船印彫(だしぼり)師・辰三郎と夫婦になり、娘お君をもうけていました。辰三郎は、土地のやくざ・波一儀十一家と悶着を起こしていました。偶然のことからお蔦に出会った茂兵衛は、襲ってきた儀十一家のやくざたちを叩きのめし、3人を逃がします。その際、茂兵衛が言った名文句が、次の言葉です。

 「お行きなさんせ。仲よく丈夫でおくらしなさんせ。ああ、お蔦さん、棒ッ切れを振り廻してする茂兵衛の、これが、10年前に櫛、簪、巾着ぐるみ、意見をもらった姐さんに、せめて見てもらう駒形の、しがねえ姿の土俵入りでござんす」

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荒神山

  事件の舞台は荒神山観音寺。
 (創建は平安後期と伝え、江戸初期順海上人[春日局の弟]が再興した。)

  この付近は幕府・亀山・神戸領が入り組んだ所で、役人の取締りがとどかず、観音会式の日には裏の松林にたくさんの賭場が立ったという。

  年に2日(4月7・8日)だけの開帳であったが縄張りとしていた神戸の長吉一家はこの2日の収入だけで十分潤っていた。

   そんな利権に目を付けたのが桑名で羽振りをきかせていた穴太(アノウ)の徳次郎[穴太徳]一家であり、一方的に取り上げようとした事で事件が動き出す。

    縄張りを奪われた長吉は兄弟分であった吉良仁吉のもとに身を寄せ、助っ人を願い出たが、仁吉には,まだ新婚だった女房のお菊がいた。お菊は穴太徳の妹であり、長吉の喧嘩の相手は、仁吉にとっては義兄にあたる。だが仁吉は盃を交わした兄弟分との義理を重んじ長吉の依頼を受諾し,お菊に離縁状を持たせ穴太徳に送り返した。

 丁度この頃,仁吉のところに
清水次郎長の子分17人が草鞋(ワラジ)を脱いでいて協力を申しでた。後に大親分次郎長の完全支援も受け荒神山へと乗り込んだ。

 1866[慶応2]4月8日、神戸の長吉・吉良仁吉・次郎長一家は荒神山で穴太徳一家と対峙した。

 喧嘩が始まり精鋭揃いの長吉側優位のまま推移していたが、仁吉が鉄砲で撃たれ死亡してしまう。結果は長吉側の勝利に終わった。

 荒神山観音寺境内には浪曲の広沢虎造が建立した「吉良仁吉之碑」があり、釣鐘には、この時の戦闘でついた鉄砲玉の跡がある。

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